「誰かがやってくれることに乗っかればいいじゃないか」
かつての仲間から、悪気なく放たれたであろうその一言が、僕の胸に深く、深く突き刺さった。眠れない夜が2日、3日と続いた。腹立たしさと、やるせなさと、そして言葉にならないほどの悔しさで、心が張り裂けそうだった。
これは、僕が一度、本気で仲間と信じた人たちと大きな夢を追いかけ、そして、その夢に破れた物語だ。
そしてこれは、僕が「もう二度と同じ失敗は繰り返さない」と誓い、「自分の仕事は自分で創る」という生き方を、本気で世に広めようと決意した「始まり」の物語でもある。
もしあなたが、
「会社や組織に依存する生き方に疑問を感じている」
「定年後の人生に、ただ消費するだけでない生きがいを見つけたい」
「自分の力で、誰かの役に立ち、社会と繋がりたい」
そう少しでも感じているのなら、ほんの少しだけ、僕の失敗談に付き合ってほしい。
すべての始まりは、スマホ修理屋での小さな親切心だった
数年前、僕は尼崎でスマホの修理屋を営んでいた。ひっきりなしに訪れる修理依頼の中に、ポツリ、ポツリとこんな声が混じる。
「ちょっと教えてくれへん?」
スマホの使い方に戸惑う高齢者の方々だった。教室に通うほどではないけれど、誰かに聞きたい。その切実な「ちょっと」した需要が、僕の店の片隅には確実に存在していた。
「これをビジネスに繋げられないか?」
集客のため、そして何より目の前の人たちの助けになるため、「ボランティアのスマホ教室」を思いついた。ちょうど行政も高齢者のスマホ利用を推奨していた時期だ。僕はもっと大きな絵を描いていた。「市民が主体となって街のデジタル化を進め、スマートシティを実現する。その中心に行政がいれば、人も集めやすいはずだ」と。
しかし、行政のスタンスは明確だった。「主役はあくまで市民。我々はそれをアシストする立場です」。僕の甘い発想は、ここで一度、崩れ落ちた。
スキルゼロからの挑戦。仲間との出会いと「成功体験」
そもそも、僕にはスマホを「教える」スキルがなかった。不安が先立つ中、幸運にも仲間が見つかった。ある集中講座で出会った同窓生に「まずボランティアで練習がてらやってみないか?」と声をかけると、「やろう!」と話が膨らんだのだ。
僕たちは各地でボランティアのスマホ教室を開催した。受講してくれた方々には、今度は講師として教壇に立つ練習の場を提供し、独立して自分の教室を開けるようにノウハウも全て伝えた。この活動は次第に大きくなり、ついには行政にも認められ、収益化にも成功した。
自分の行動が形になり、仲間が増え、誰かの役に立っている。まさに理想が現実になった瞬間だった。この根底には、僕の揺るぎない信念があった。
- 人に言われてやる仕事は辛い。だから自分のやりたい仕事は自分で創ろう。
- 65歳を過ぎてからでは遅い。今からスキルを磨き、その経験を街に活かす「定年起業」の準備をしよう。
- それが自分のためになり、街の活性化にも繋がるはずだ。
この考えを、僕は何度も何度も、仲間たちに語り続けてきたつもりだった。
「すぐに忘れられるほどの軽いものだった」…信念が崩れた日
しかし、現実は違った。
僕が伝えてきたはずの「自分の仕事は自分で創る」という根幹の哲学は、彼らには全く届いていなかった。それどころか、僕が最も危惧していた「誰かが作った仕組みに、ただ乗っかるだけ」という意識が、彼らの中に芽生えてしまっていた。
僕が伝えたかったのは、スマホ教室という「事業」そのものではない。
自分のスキルを活かし、それをどうすれば人の役に立てられるか考え、形にしていく「楽しさ」そのものだったのに。
僕がコンコンと語ってきた想いは、彼らにとっては「すぐに忘れられるほどの軽いもの」だったのだ。その事実に気づいた時、腹が立つという感情を通り越して、ただただ、悲しかった。
「もしかして、最初から人選を間違っていたんじゃないか?」
「未来ではなく、目先の『今』しか見ていない人たちを集めてしまったんじゃないか?」
悔しさが、次から次へと込み上げてきた。
怒りの矛先は、自分へ。「伝えきれなかった」僕の責任
散々、相手を責めた。
「なんで分かってくれないんだ!」「人の話を聞いていないじゃないか!」と。
だが、眠れない夜の中で、ふと我に返った。
本当に、彼らだけの責任なのだろうか?
「未来を創る」なんていう、ぼんやりとした掴みどころのない話を、正確に伝えきれなかった僕にも責任があるのではないか?
もし、僕の伝え方が未熟だったせいで、彼らの貴重な時間を無駄にしてしまったのだとしたら…?
人のために動くことが仕事だと考えるなら、この程度のことで心が折れていては、何も成し遂げられない。そう考えた時、怒りの矛先は、自分の弱さ、未熟さへと向かっていった。
<h3>もう二度と繰り返さない。この失敗を、未来への恩返しに変える</h3>
本当のところは、もう分からない。
しかし、事実として、僕は「そんなことを言われるような関係性」を、自ら作ってしまっていたのだ。
もう、あんな思いはしたくない。誰にも、させたくない。
この苦い経験を踏まえ、僕はもう一度、自分の原点に立ち返り、目的を果たすための活動を始めると誓った。
この活動を始めた時、親身になって頭と体を使い、僕を応援してくれた行政の課長さんがいた。一市民である僕の想いを心の底から理解しようとしてくれた、その恩に報いたい。
社会にお世話になって生きてきた自分として、社会に恩返しがしたい。
この尼崎という街の活性化の一コマになりたい。
そして、自分がこの世に生きた証を、確かに残したい。
だから僕は、このブログを立ち上げた。
ここは、単なる儲け話やテクニックを紹介する場所ではない。
あなたの中に眠る「情熱の種」を見つけ、それを「自分の仕事」として育て、あなた自身が人生の主導権を握るための場所だ。
僕の失敗が、あなたの成功の糧になることを信じて。
さあ、一緒に「最高の自分」を創る旅を始めよう。
この想いに、少しでも共感してくれたあなたへ。
僕がここで語った理念や決意は、ただの精神論で終わらせるつもりはありません。
では、具体的に何から始めればいいのか?
その最初の一歩を踏み出すための、僕自身の実体験に基づいた具体的なノウハウと実践記録を、もう一つのブログ**『まちおこし.com』**で全て公開しています。
理念(Why)を理解した次は、実践(How)あるのみです。
次は、あなたの番です。僕と一緒に、現実を動かしていきましょう。
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